樺太犬の現在と絶滅について、当時の値段や大きさ、性格など

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樺太犬という名は若い世代の方は、聞いたことがないのではないでしょうか。ですが、1983年に「南極物語」という映画が公開されるほど有名になった、タロとジロという樺太犬がいるのです。なぜ有名になったのか、どういった犬なのがみていきましょう。

目次

1.樺太犬ってどんな犬?
1.1.「南極物語」で有名なタロとジロ
1.2.タロとジロはなぜ生き延びられたのか?
1.3.タロとジロのその後
1.4.樺太犬の歴史や特徴
1.5.樺太犬は現在も存在している?

2.樺太犬をペットとして飼いたい!
2.1.樺太犬は販売している?値段は?
2.2.イーストシベリアンライカとは?
2.3.シベリアンハスキーを飼育するなら?

3.まとめ

1.樺太犬ってどんな犬?

樺太犬は、猟犬やそり引き犬として昔から人々の役に立ってくれました。南極観測隊に同行し、置き去りにされてしまった実話から「南極物語」という映画になり、生き残りのタロとジロは一躍有名犬となったのです。

1.1.「南極物語」で有名なタロとジロ

樺太犬は、実話をもとにした高倉健の主演映画「南極物語」に出てくる、タロとジロの犬種として有名です。樺太が原産で、ふかふかのアウターコートとアンダーコートに覆われており寒さに強い上、寒さの厳しい地域でも重労働に耐えられる強さがあります。


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骨格もしっかりしており力も強いため、犬ぞりレースやそりを引かせて荷物を運ぶのに役立っていました。1956年11月に第1次南極観測越冬隊とともに、樺太犬22頭が南極へ行ったのは、雪上車が動かなくなったときのためで、そりで人や荷物を運ぶためだったのです。

その樺太犬22頭のなかに、タロとジロはいました。すべての樺太犬とはいきませんでしたが、19頭が越冬することができました。1957年1月、東オングル島に昭和基地を開設し、1958年2月には第2次観測隊が交代で越冬するため、船でやってきました。

しかし、船が海氷にさえぎられてしまい昭和基地に着くことができず、越冬を断念し第1次越冬隊員と犬たちを小型機に収容して帰還しようとしたところ、天候が悪化し、タロとジロを含む15頭を昭和基地に残したまま帰国することになってしまったのです。

第1次越冬隊員と雌犬1頭、子犬8匹は連れて帰ることができたのですが、残りの犬たちを残していかねばならない状況に、隊員たちは胸を引き裂かれるような思いだったそうです。

第1次越冬隊で犬係だった北村泰一さんは、1959年1月、第3次観測隊員として昭和基地を再び訪れました。その時に、生き残っていたタロとジロの2頭に会うことができたのです。

始めは毛むくじゃらになっていたタロとジロを見ても、彼らだとはすぐに気づかず、どちらがタロでどちらがジロかもわかりませんでした。置き去りにしてしまった犬たちの名前を順に呼んでいくと、しっぽを振ったので、タロとジロだとやっとわかったといいます。

15頭のうち6頭は首輪を抜けてしまったようで行方がわからず、7頭は鎖につながれたまま死んでいたそうです。タロとジロは首輪抜けが上手かったようで、自分たちで食料を探して生き延びることができたのではないかと考えられています。

この感動的な実話が話題を呼び、高倉健を主演にむかえて1983年「南極物語」という映画が公開され、2011年10月には木村拓哉主演で「南極大陸」というドラマも放送されました。

映画化にあわせて、第1次越冬隊員で犬係だった菊池徹さんの「犬たちの南極」(1983年5月)や、北村泰一さんの「南極第一次越冬隊とカラフト犬」(1982年12月)といった回想記が刊行されたり、「タロー・ジローのカラフト犬」がレコード発売されたりもしたそうです。

第1次越冬隊隊長は西堀栄三郎さんで、「南極越冬記」(1958年)を出版し、半世紀を越えてなお重版されているといいます。

なお昭和基地に犬がいたのは1975年に出発した第17次南極観測隊のときまでで、1994年4月以降は動物の持ち込みが禁止されています。

1.2.タロとジロはなぜ生き延びられたのか?

1958年、第2次越冬隊が昭和基地に着けず、15頭の樺太犬を残して帰国したとき、その犬たちは首輪をつけて鎖につないだままだったのです。

この事実が日本中に知れ渡ると、国民から大バッシング受けた観測隊ですが、それはまたすぐに次の隊員が到着できると考えたからでした。しかし、それは叶わず、置き去りにしてきたときの犬たちの悲しげな遠吠えが思い出されたといいます。

すぐに昭和基地に行けないのなら、ひと思いに死なせてやろうと考え、毒団子を飛行機から撒こうと計画しましたが、そのための飛行機もブリザード(猛吹雪をともなう強風)によって飛び立つことができませんでした。

そんな中タロとジロは、どうして1年もの間生き延びることができたのでしょうか。1つは、寒さに強く丈夫な体だったからということが挙げられます。加えて2頭は犬たちの中でもっとも若く、越冬したときは1歳でした。

体力があっても食料がなければ生き延びることはできません。首輪抜けをして昭和基地に置いてきた食料を食べたのかと思い調べてみると、そういった形跡はみられず、死んだ仲間の犬の死骸を食べた形跡もありませんでした。

北村泰一さんは、第3次越冬隊員として南極に居た際、タロとジロがアザラシに襲いかかるところを目撃しているため、アザラシの糞やペンギンを食べていたのではないかと推測しています。ですが、アザラシに襲いかかったのは糞をさせるためで、アザラシを食べるためではなかったようです。

アザラシの糞には、消化されずに出てきた小エビや稚魚が含まれているので、栄養価は高かったと思われますが、エネルギー量として十分だったかは定かではありません。海から打ち上げられる魚などの死骸を食べていたという説もあります。

北村さんはペンギンを食べたと予測しており、もしペンギン1匹を食べられれば樺太犬2頭の1ヶ月分の食料となります。しかし、厳冬期に昭和基地付近からペンギンは居なくなってしまうため、その可能性は低いともいえます。

また、1958年から1959年にかけて、ソ連隊が無人となった昭和基地に給油のため立ちより、その際にタロとジロを発見し、エサを与えていたという説もあり有力視されています。

犬たちを置き去りにしてきたということは世界中でニュースになっていたため、都市伝説的ではありますが、フランス隊が昭和基地上空から2頭を発見して保護していたという説もあるそうです。正確にはたまたまロシアの探検隊が瀕死状態の2頭を発見して、生肉を与えたという見解もあり、真実は定かではありません。

加えて、タロとジロは本当は死んでいたが、南極基地観測を継続するための話題作りとして、2頭に似た犬を基地に放ったという陰謀説まで出ています。

1.3.タロとジロのその後

1959年9月、日本動物愛護協会は、二度とこのような事件が起こらないようにという願いをこめて「動物愛護」のシンボルとして、東京タワーに15頭の樺太犬記念像をつくりました。この像をつくったのは、忠犬ハチ公像の彫刻家として有名な安藤士(あんどうたけし)さんだそうです。


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1959年1月、無事に発見された2匹ですが、ジロは第4次越冬中基地に残こり、1960年5歳のときに病死してしまいました。その後、剥製となって上野の国立科学博物館に展示されたそうです。

タロは日本へ帰国し、北海道札幌市の北海道大学植物園に引き取られ、9年間の余生を過ごし、1970年8月に老衰のため14歳で亡くなりました。タロも剥製となり、北海道大学植物園に展示されました。

1971年8月、タロの一周忌を記念して樺太犬慰霊祭が行われ、タロの剥製を置き、その霊が慰められました。1983年「タロとジロを一緒にさせる会」が発足し、関係各所に嘆願書を提出、かなりの歳月が経ちましたが、1998年「タロ・ジロ里帰り特別展」が行われた、稚内市の青少年科学館でタロとジロが無事対面したのです。

ですが、ずっと一緒にいることはできず、2006年7月「ふしぎ大陸南極展2006」が開催された国立科学博物館で、再びタロとジロが対面しています。

1.4.樺太犬の歴史や特徴

樺太犬は、沿海州(19世紀後半から20世紀初頭、極東ロシアに存在した州)からやって来たオロッコやギリヤークなどの子孫と言われています。アイヌなどが使っていたそり犬の子孫という説もあり、シベリアンハスキー、アラスカンマラムート、エスキモー犬などの同じ、北方系の犬種です。

樺太の北方民族が犬ぞりや狩猟のために飼育していたり、利尻・礼文島や稚内では漁業、木材の運搬、電報の配達、行商などのために使役犬として飼育していました。大きな馬よりも小回りが効くうえ、体もしっかりしているので重宝されていたようです。1800年代、日本人が荷役用に改良したという歴史もあります。

1955年頃の北海道における樺太犬は、

  • 体長64~76cm
  • 体高54~67cm
  • 体重22~45kg
  • 黒、白黒ブチ、狼灰色、茶、薄茶、白など
  • 北海道には長毛種が多かった
  • 立ち耳が主だが、たれ耳もまれにいる

といった身体的特徴があり、インターネット上で樺太犬を検索すると、毛色は全体に黒く胸元の白い毛が特徴的です。性格や性質は、

  • 従順で忠実
  • 忍耐力がある
  • 勇敢
  • 耐久力に優れ、耐寒性も強い
  • 粗食に耐えられる
  • 優れた方向感覚と帰巣本能

などの特徴があります。その忍耐力によってもタロとジロは生き延びることができたのでしょう。視界ゼロのホワイトアウト時でも、優れた帰巣本能により帰還できるとされていました。

1950年代、北海道では千数百頭が飼育されていた樺太犬ですが、車社会となったことで仕事が激減し、必要とされなくなった樺太犬は雑種と混ざったり、野犬化したりしていました。同時期にエキノコックスが発生しまったため、野犬掃討された際に樺太犬もかなりの数が殺されてしまい、1970年代頃には、純血種はほぼ絶滅したといわれています。

1.5.樺太犬は現在も存在している?

タロに子供がいたという情報はみられませんが、ジロには子供がいたようです。南極観測に行った22頭の中にシロという雌犬がおり、ジロとの間に10匹の子供が産まれました。

隊員たちははじめ、クマという雄犬をシロのお婿さんにしようとしていましたが、シロはその気になってくれず、シロが自分から近づいていったのがジロだったそうです。10匹すべてがジロとの子供かどうかはわかりませんが、1957年10月にシロは子供を産み、2匹は死んでしまいましたが、オス3頭、メス5頭は、第2次南極観測隊の飛行機に乗って、無事帰国しています。

子犬たちは帰国後、ほとんどが北海道の各所で引き取られたそうです。2005年7月には、神奈川県在住の男性が南極観測に行った樺太犬の子孫ベアちゃんと遭遇したとの情報があります。樺太犬とともに北海道から埼玉に引っ越してきた飼い主が亡くなったため、2005年当時のベアちゃんの飼い主が引き継いで飼育していたようです。

また、1997年には阿部勇さんが会長となって「樺太犬保存会」を結成しています。阿部さんは稚内で小さなころから樺太犬とともに暮らしていたため、純血種が途絶えてしまわないようこの保存会を結成しました。

サハリン北部で純血種の樺太犬を十数頭飼育していたセルゲイ・リュビフさんから、1999年純血種の子犬5頭を譲り受け、保存会の会員たちがそれぞれ引き取り、阿部さんはそのうちの1頭はなちゃんを飼育していました。

樺太犬の繁殖は簡単ではなく、かなりの運動量が必要なので飼い手がつかず、2011年時点で、稚内に2頭、道央に1頭しか生き残っていなかったそうです。そして保存会も休止状態になりました。

厳密にいうと、リュビフさんから譲り受けた樺太犬は純血種の「イーストシベリアンライカ」で、樺太の北方民族ニブフの伝統を守るために飼育していたといいます。

樺太犬はその地域に生息していた犬種の総称であるともいわれ、樺太犬保存会会長の阿部さんがイーストシベリアンライカを飼育していたということは、樺太犬は総称であって犬種ではないと考えられます。

なお、阿部さんの飼育していたはなちゃんは2013年3月に14歳で亡くなっています。2014年10月にはサハリンのリュビフさんも亡くなられたため、飼育していた犬たちは友人たちに引き取られたそうです。それ以降、樺太犬が日本に生存しているのかは不明です。

2.樺太犬をペットとして飼いたい!

現在、樺太犬はほぼ生存していないと考えられ、当時からイーストシベリアンライカが樺太犬とみなされていたという見解もあります。イーストシベリアンライカも日本で飼育することは困難です。彼らと似通った犬種のシベリアンハスキーならば、日本でも飼育することができます。

2.1.樺太犬は販売している?値段は?

第1次南極観測隊が出発する当時、樺太犬を集め49頭購入したそうですが、総額が26万円だったそうです。その時の初任給が約1万円だったことから考えると、かなりの高額ですが、文部省は予算をあててはくれませんでした。

そのため朝日新聞や国民、財界からの寄付によってまかなわれたといいます。タロ、ジロとその兄弟のサブロは1匹3,000円で、北海道大学の芳賀良一が魚市場で購入してきたそうです。

また、樺太犬が数頭北海道に生き残っていた2005年時点でも、樺太犬は入手困難でした。ロシアから輸入するしか方法はなく、そうすると動物検疫、輸入許可、輸送などの課題をクリアしなければならず、多大な費用と時間がかかります。

現在樺太犬を日本で飼育しようとするのは、ほぼ不可能でしょう。値段も不明です。イーストシベリアンライカを飼育したいと考えたとしても、ライカ種は日本でほぼ飼育されていないそうです。

2.2.イーストシベリアンライカとは?

スピッツタイプの犬とライカ犬種が、人工的でなく自然に交雑されて生まれた犬種です。身体能力を高めるため、人工的にオオカミと交配させていたこともありました。


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1947年から犬種の固定がされ始め、能力を重視して繁殖がなされたため、外見に統一性がありませんでした。そのため、現在でも耳の位置や形、毛質などに多様性がみられます。

主に猟犬、番犬、そり引き犬として人間の役に立ってきました。猟犬としての能力は高く、トナカイやクマなどの大型獣も狩ることができます。そり引き犬としては、交通網が発達するまで、貴重な交通手段として活躍していたそうです。

ライカは、非常に数の多い犬種ではありますが、イーストシベリアンライカはライカ犬種では数少ないFCI公認犬種の1つとなっていて、ライカ犬種では他に、ウエストシベリアンライカとラッソヨーロピアンライカのみが公認されています。

FCIとは、国際畜犬連盟の略称で、優れた体力的機能や能力をもつ純粋種の畜犬を推進するとともに、そのための情報交換などのため設立されました。80地域が加盟し、335種の犬種を公認しています。

FICが開催する世界選手権もあり、品評会や障害競技などのカテゴリーに分けて行われています。1979年には日本のジャパンケンネルクラブ(JKC)が正式加盟し、アジア地区の代表国となっているのです。

イーストシベリアンライカは、東シベリア以外ほぼ飼育されておらず、ほとんどは実猟犬として飼育されています。身体的特徴は、

  • 体高56~64cm
  • 体重18~23kg
  • 筋肉質
  • ふさふさの飾り毛がついた尾
  • 二重のショートコート
  • 保温性に優れるが暑さに弱い

というように、樺太犬の特徴とよく似ています。性格は、

  • 忠実で従順
  • 物静か
  • 警戒心が強く家族にだけ友好的

といった特徴があります。ライカとはロシア語の「吠える」という動詞から派生した名詞なので、その名の通りライカ犬種はよく吠えます。警戒心が強くよく吠えることから、番犬としては非常に役立ったと考えられます。ただ、その分しつけにくいともいえるでしょう。

日本は密接して住居が立ち並ぶため、ライカ犬種を飼育していると鳴き声の問題でトラブルになりやすく、運動量もかなり必要なため狭い日本ではのびのび生活できないでしょう。日本の高温多湿の気候も、ライカ犬種には不向きです。

北海道の軽井沢では、熊対策としてライカ犬種の親戚であるカレリアン・ベアドッグ2頭飼育されているのみで、国内ではそれ以外にライカ犬種は飼育されていないそうです。

また、ツンドラ地帯に生息するそり引き犬を「ライカ」と呼ぶこともあり、シベリアンハスキーを「ヤクートライカ」と言ったりもします。

樺太犬やイーストシベリアンライカは飼育できなくても、そり引き犬の仲間であるシベリアンハスキーであれば国内で販売されていますし、飼育もしやすいでしょう。

2.3.シベリアンハスキーを飼育するなら?

樺太犬同様、シベリアンハスキーも犬ぞりレースで活躍している犬種です。アムンセン探検隊などの極地探検犬としても役立ち、アラスカのノーム市でジフテリアが大流行した際に、酷寒の中544 kmもの距離をリレーし、血清輸送して多くの人命を救ったことで、認知されるようになりました。

そうした経緯も樺太犬と似通っているので、樺太犬をどうしても飼育したい方は、現代の樺太犬としてシベリアンハスキーを飼育してみてもよいのではないでしょうか。身体的特徴は、

  • 体高50~60cm
  • 体重16~28kg
  • 上毛は黒青色、茶褐色
  • 顔や腹部は白毛で隈取模様
  • 瞳は青色、青灰色、濃褐色がほとんど
  • 精悍な顔つき
  • 優れた耐寒性
  • 強靭な体力と持久力

などがあげられます。漫画『動物のお医者さん』にハスキー犬が登場するのですが、この漫画の大ヒットによって、ハスキー犬は大ブームとなりました。その影響で認知度は高く、オッドアイという左右の目の色が異なる個体がいることもかなり知られています。

優れた耐寒性とともに、長距離を疾走できるほどの体力と持久力を持ち合わせているので、広大な寒冷地での飼育に非常に適します。反対に暑さの厳しい地域での飼育には、あまり向いていません。

体力も相当なものなので、最低でも朝夕それぞれ1時間以上の運動をさせてあげる必要があります。性格的な特徴は、

  • 好奇心旺盛
  • 社会性が高い
  • 集団への帰属意識も高い
  • 頑固
  • 独立心が強い

などがあげられ、成長期から青年期にかけては、旺盛な好奇心からいたずら好きな傾向あります。力も強いので、誤ってものを壊してしまう可能性もありますが、攻撃性は強くありません。

帰属意識が高いので、飼い主だけでなく、子供や同居のペットとも上手く生活することができ、多頭飼いにも向いています。ただし、飼い主に認められたいという意識が強く、頑固になることもあるので、しつけが簡単とは言えません。

忍耐強くしつけできれば、信頼できるパートナーとなって非常に強く、積極的な威嚇・攻撃をされない限り人に本気で噛み付くなどの反撃に出ることは稀です。

社会性が強く、所属集団への帰属意識・回帰性は高く、多頭飼いにも向く一方、集団指導者(飼育下であれば飼主)に対して「気にしてもらいたい・褒められたい」という被褒誉欲が強い上に、逆にしばしば頑固で独立心も強く自我表現欲が強い一面もあり、いわゆるしつけ・育成を忍耐強く行う必要があります。最低でも朝夕各1時間以上の運動を欠かすことなく行いましょう。

シベリアンハスキーの販売価格は、10~25万程度で、血統がよいとさらに高値となります。大型犬なので食費もかなりかかるため、経済的な負担もしっかりと考慮した上で飼育するようにしましょう。

ペットショップでは、ブリーダーの販売価格に手数料が上乗せされた金額で販売されているので、直接ブリーダーから購入したほうがよいです。飼育環境が見られ、丁寧に説明してくれたり、相談に乗ってくれるブリーダーから購入することをおすすめします。

3.まとめ

猟犬やそり引き犬として古くから日本で活躍していた樺太犬は、その耐寒性と忍耐力をもち、丈夫な体であることから、南極観測隊に同行することになりました。

その中で1年もの間、昭和基地に置き去りにされたのにもかかわらず、生き残っていたタロとジロは人々の感動をさそったのです。

現在樺太犬を飼育することは不可能といえますが、似通った特徴や経緯をもつシベリアンハスキーなら日本でも飼育することができるので、日本の歴史を感じながら一緒に犬ぞりを体験してみるなど、大切に育ててみてはいかかでしょうか。

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